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2014/07/10

【サントリー天然水の森シリーズ】第2章 水が存在し続けるメカニズム

水田への湛水による地下水涵養の効果

東海大学教授
大学院産業工学研究科 科長
産業工学部 学部長
博士(工学)
市川 勉 氏
1952年(昭和27年)生まれ。
東海大学工学部土木工学科卒業。
1997年 九州東海大学工学部 教授、2008年より東海大学 教授。公益財団法人「くまもと地下水財団」評議委員・技術顧問、熊本県地下水アドバイザー、公益財団「肥後の水とみどりの愛護基金」理事などを務める。

熊本地域の地下水涵養量の3分の1は水田から

 熊本県で長年にわたって地下水涵養の調査および研究活動を続けている東海大学教授の市川氏は、1991年から20年以上にわたって熊本市にある水前寺・江津湖の湧水量を調査してきた。その調査の結果、江津湖の湧水量が年々減少しているというデータが得られたという。
 市川氏は「調査を始める前に江津湖の水位が下がっているという話を聞いたのです。ただしその話には科学的な根拠がありませんでした。しかし本当に江津湖の水位が下がっているのならば、それは深刻な問題となる恐れがありましたから調査を始めました」と振り返る。
 江津湖は地下水の湧水によって作られ、存在している湖である。江津湖の水位が下がったのならば、それは江津湖に注がれる湧水、すなわち地下水の量が減ったことが原因となる。
 市川氏は「熊本市では水道水の100%を地下水で賄っています。もしも地下水量が大幅に減少してしまったら、熊本市に住む人たちの生活が脅かされることになります。ですから江津湖の水量調査はとても大事なことだったのです」と強調する。
 熊本市が水道水として利用している地下水はどこで涵養されて、どのような経路で蛇口に届けられているのだろうか。それは江津湖に流れ込む地下水の涵養地と流動経路ということになる。
 江津湖に湧出する地下水は、熊本市内を流れる白川の上流域となる阿蘇外輪山や熊本平野、その周囲の台地で涵養されている。この涵養地、すなわち阿蘇外輪山西麓から熊本平野およびその周辺の台地に広がる熊本地域の地下水涵養量は約6.4億m3で、なんとその3分の1が水田で涵養されているというのだ。

農地の減少で地下水位が低下し「水の都」がピンチに

 市川氏は「熊本平野に広がる白川中流域(大津町・菊陽町地域)の水田は昔から「ざる田」と呼ばれています。田んぼに水を張っても、ザルに水を注ぐように水が抜けてしまうのです。つまりこの地域の地質は透水性が高く、涵養量が多いということが言えます。ちなみに他の地域の約5〜10倍の涵養量があります」と説明する。
 “ざる田”をはじめとして熊本地域の地質の透水性が高いのは、阿蘇山の噴火で堆積した火山灰や流れ出た溶岩が河川によって砕かれて砂利になり、これらが堆積して地層が形成されているためだ。
 さらにこの透水性が極めて高い地質を持つ地域は全国有数の多雨地帯であり、年間2,000ミリを超える雨が降る。こうした環境条件に恵まれた結果、熊本地域は豊かな地下水を育む「水の都」となったのだ。
 ところが「水の都」の地下水位が低下し、深刻な問題が生じる危惧に直面した。市川氏は「調査の結果、江津湖に注ぐ湧水の量が減少していることがわかりました。その原因の一つに水田の減少が挙げられます。都市化や政府の減反政策によって農地が減少しており、地下水涵養に大きな役割を担っている水田が減少しているのです」と解説する。
 そして熊本地域の地下水位の低下と、白川中流域の水田の減反率上昇による水稲作付面積減少の関連性を調べ、水田減少が地下水位低下の大きな原因であることを確認した。このほかさまざまな調査や研究の結果を受けて、白川中流域の減反田や休耕田に水を注ぐ湛水事業が開始されたのだ。

水田と湛水田が地下水位上昇に大きく寄与する

 水田減少が地下水位低下の要因の一つであることは確認できていたが、使われていない水田に水を張ることが地下水位にどれほどの影響を与えるのか、つまり地下水位を上昇させることができるのかはわからなかった。
 そこで市川氏は湛水の効果を調査するために、湛水事業を行っている地域の水田24カ所、湛水田81カ所で、田んぼに張った水の高さが1日に低下する幅(ミリ)を調べる「減水深調査」を実施した。
 この減水深調査の結果に日数と面積を組み合わせて水田と湛水田の涵養量を算出するとともに、涵養量の推移を示した。その結果について市川氏は「減反率の上昇によって休耕田が増えても、湛水を推進することで涵養量を維持することができます」と説明する。
 さらに地下水位の影響について「降雨量、減反率、水田および湛水田の涵養量などを基に算出した結果、調査地での地下水位上昇高の60%以上を水田と湛水田での涵養が占めていました。つまり水田と湛水田が地下水位上昇に大きく寄与していることが明らかになったのです」と続ける。
 水田では田植え前に「代掻き」(しろかき)と呼ばれる作業を行う。これは田んぼに水を張りトラクターで耕すことにより、粘土をいったん舞い上がらせて沈殿した粘土で田面を覆って目づめをし、水田の水が地下に浸透して減らないようにするための重要な作業である。当然「代掻き」後の水田の透水性は悪くなる。
 その後、穂が出る30〜40日前にいったん水を抜く「中干し」という作業を行う。この作業は稲の根と茎を強くすることが目的であるが、この間に水田の地面が乾燥して縦横にひび割れが入る。中干しは10日間ほどで終わり田んぼに再び水が引かれるが、この時期以降の水の浸透量は極めて多くなる。これは水田の土に深い亀裂が発生して、水が浸み込みやすくなることが要因だと考えられる。

湛水事業の知見をサントリーの「冬水田んぼ」に活かす

 こうした実証結果も参考にしてサントリーでは、冬期湛水である「冬水田んぼ」の活動を開始して現在も続けている。このサントリーの冬水田んぼのアドバイザーおよび現地での調査にも市川氏が携わっている。
 市川氏は「サントリーの冬水田んぼの実施場所周辺地域の地質は、透水性が高くはないといわれていました。そこで地質を調査した結果、冬水田んぼを実施している金山川の扇状地上部に位置する益城町津森地区の水田の地質は透水性が高いことがわかりました。また冬水田んぼを調査した結果、地下水涵養への効果も確認できています」と説明する。
 サントリーが取り組み続ける冬水田んぼには、地下水涵養のほかにもさまざまな効果がある。市川氏は「湛水田の水中で増加した微生物による肥料効果や雑草駆除効果により、農薬の使用を抑制できるという効果も期待できます。また農薬使用の抑制によって微生物や生物が繁殖したり、鳥の餌場となったりすることで、周辺の生態系多様化にもつながるでしょう」と語る。
 現在サントリーの冬水田んぼでは、これらの冬期湛水の効果を実証するためのさまざまな調査や取り組みが行われている。

(談:市川 勉教授/まとめ:レビューマガジン社・下地孝雄)
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