地下水の循環の仕組みを究明し、水資源の保全と適切な利用や管理について研究を続けている東京大学教授の徳永氏は「今使っている水や、今飲んでいる水がどこから来たのか、考えたことがありますか?」と問いかける。
日常生活だけではなくあらゆる産業の事業活動において、淡水が不可欠であることは誰もが認識している常識だ。しかしその水がどのような仕組みで存在しているのかを考えたことがあるだろうか。飲み水が枯渇してしまう恐れはないのだろうか、と不安に思ったことはないだろうか。
日本ではどこでも水道の蛇口をひねれば、清潔で安全な飲料水が安価に手に入る。こうした環境で生活していたら、水のことなど考えることはないだろう。それではこの飲料水となる淡水は、枯渇を心配することがないほど豊富に存在しているのだろうか。
地球は水の惑星と呼ばれるほど水資源が豊かだ。しかし地球上に存在する水の実に97.5%が海水なのである。そして淡水はわずか2.5%であり、そのうち約70%は氷河や永久凍土に存在しており利用不可能だ。利用可能な淡水は河川や湖沼、そして地下水に存在しているが、そのほぼすべてが地下水なのである。
徳永氏は「この数字の話はある時点での量の観点での解釈です。というのも水は常に動いています。海洋の海水が蒸発して雲になり、陸地に雨を降らす。その雨が地面に浸透(涵養)したり河川や湖沼に注がれたりして、地表や地下で水が流れ再び海洋に注ぎ込む。このように水は循環を繰り返して存在しているのです」と説明する。
私たちは循環している水を使っている。今使っている水、今飲んでいる水を守るには、その水の循環のサイクル全体を健全に保つ必要がある。水は連続した過程を繰り返す循環によって存在しており、その過程の1つにでも、たとえわずかであっても変化が生じると全体に影響が及ぶからだ。さらにその影響は、水循環の過程を取り巻く環境にも影響を及ぼす。
徳永氏は「河川流域の都市化が進むと、宅地化や道路の舗装によって地表が遮蔽されます。すると雨が地下に浸透せず舗装路を伝って河川に直接流れ込むようになります。これを直接流出と言いますが、降水時に直接流出量が増えると河川の流量が急激に増加して洪水が発生しやすくなります」と説明する。
本来は降水が地下にゆっくり浸透する、すなわち涵養されて河川に直接流れ込む水を調節したり、地下水となってゆっくり河川に湧き出したりすることで、河川流量の急激な変化を抑えていた。その仕組みが一部で崩れると、洪水や土砂崩れといった災害を引き起こすのである。
また宅地や舗装路といった地表環境の変化によって涵養が妨げられることで、地下水量が減少する場合もある。実際、政府の減反政策による水田の減少によって水田に水が張られなくなったことで、地下水量が減少した事象もある。
このように地表での環境の変化が地下水および水循環に大きな影響を与えるのである。そしてこれらの多くは、人間の仕業なのだ。しかしながら人間が生きていく、社会が発展していくうえで国土の開発は避けられないし、それに伴う自然環境への影響も生じてしまう。
徳永氏は「地下水を資源として利用するという観点からすると、まずは地球表層で起こっている地下水涵養のメカニズムを科学技術に基づいて解明しなければなりません。私たちが使っている水、飲んでいる水がどこで涵養されて、どのような経路と時間で、どのくらいの量が循環しているのかを把握することで、保全に必要な方策が得られるからです」と指摘する。
そして「地下水涵養のメカニズムを解明すれば、水利用や開発などによる環境の変化によって生じ得る問題や、涵養地の森林を含む生態系の変化によって起こり得る影響を推測することができます。影響を推測できればシナリオを描くことができるのです。これはとても大切なことで、水資源を守る、森林や生態系を守るという目的であっても、全員が喜ぶ答えを導き出すのは困難です。しかし「こうしたらこうなる」といったシナリオを示せればコミュニケーションができ、たとえ賛成でなくとも納得はできるというコンセンサスが得やすくなることが期待されます」と続ける。
例えば熊本市では水道水のすべてを地下水で賄っている。しかしその地下水の涵養地は熊本市ではない。熊本市が利用する地下水を守り続けるには、地下水を利用する熊本市や市民、企業だけではなく、涵養地の自治体や市民、企業、さらには涵養地に隣接する自治体や市民、企業など、地下水および涵養地の環境に関係するさまざまな人たちと、企業や組織が広く協力する必要があり、それに向けての努力がなされている。問題は水だけではないのだ。