橋などのインフラは、通行による揺れや風などが与える影響をシミュレーションした上で設計が行われる。橋を中心とした社会インフラを研究対象とし、社会インフラのマネジメント分野を主導する横浜国立大学 先端科学高等研究院 上席特別教授 藤野 陽三 氏は、「設計時のシミュレーションが、実際に起こる事象と完全に合致しているかは分かりづらいのが実情です」と話す。
例えばクルマを製造する際、設定に沿って機械が自動で組み立てるため、数多くのクルマであっても完全に同じものができあがる。一方、橋の場合は、それぞれの橋で設計を行った人員が異なっている。また、橋を作る会社も異なるので、できあがりは異なってくる。そのため、「完成した構造物には、シミュレーションで検討したこととはかなり違う可能性が出てきます」(藤野氏)
事前のシミュレーションで得た結果が正しいかを知るには、センサーを使って橋の真の状態を計測する以外に方法はないという。しかしながら、国内のすべての橋にセンサーを設置すると膨大な費用がかかる。東京であれば首都高速やレインボーブリッジなど、比較的重要度が高いインフラをセンシングして状態を確認するのが現実的だ。
地震などの自然災害は、いつ起きるかを正確に予測することは難しい。地震が発生した際、橋の損傷状態を知るために、従来は人が現地に出向いて目視で確認する以外に方法はなかったが、長い橋の状態を確認するには大勢の人員を用意する必要があり、人員の手配や確認作業に時間がかかってしまう。
「災害の状況下で、橋の利用可否などの判断を下すため迅速に情報を収集したくても、目視であればどうしても時間がかかってしまいます。しかし、センサーを活用していれば、特定の部分の揺れなどを正確に把握でき、現地に出向くことなく情報を収集できます」(藤野氏)
前述の通り、自然災害は発生する日時が分からないため、災害対策として利用するセンサーは24時間365日の計測が求められる。その一方で、一定の時間だけ通行されるといった橋は、24時間ではなく、一定の期間に集中して測った方が有意義なデータを得られるケースもあるという。
藤野氏は、「センサーで何を測りたいかによって、センシングの方法は変わってきます。一般的には、橋に数多くのセンサーを付けたがる傾向がありますが、何のためにセンサーを設置するかが明確でなければ、計測したデータから有用な情報を得ることは難しいです。目的意識を持ち、温度や歪み、揺れなど、どのようなデータをどう処理して、何の判断に使うかのステップが明確であれば、センシングの取り組みは成功するはずです」と提言する。
インフラのセンシングには費用の課題もある。「仮に橋の建設に1億円かかった場合、センサーにかかる別途の費用は100万円以内に収めたいところです。インフラの監視用途である以上は、万が一の不具合などにも迅速に対応する必要があるため、5年間ほどはメーカーのサポートも望まれます。橋はインフラの中でも高価といえども、重さ当たりの単価は自動車などに比べてかなり低いので、センシングのために高額の費用をかけられないのが実情です」(藤野氏)
インフラを監視するセンサーには、低価格化、小型化、長寿命化、省エネ化などさまざまな要素が求められる。さらにワイヤレスも重要な要件だ。橋にセンサーを設置する際、センサーによっては、電源ケーブルやLANケーブルなどを敷設しなければならないケースがあり、工事費用がかかったり、設置場所に制約が生まれたりすることがあるが、ワイヤレスタイプであればケーブルレスで意図した場所に設置できるのだ。
橋などのインフラで使われているセンサーには、インフラの安全が関与するため性能が高く高精度の計測が求められる。性能が高いセンサーは価格が高く、センサー1台あたり数十万円かかるケースが多い。
藤野氏は、「センサーにはいろいろな種類があり、目的意識に基づいて適切な製品を選ぶ必要があります。センサー技術は開発途上ですが、今後一層、小型、長寿命、省エネ、ワイヤレスが当たり前になると、より導入しやすくなり、インフラの監視用途での普及が加速するでしょう。価格に関しては、企業努力によって、ある程度はセンサーの価格が下がってきているものの、性能が高いセンサーはやはりまだ高額です。もし価格が今以上に下がっていけば、全国的にもセンシングに取り組みやすくなるのですが」と話す。
海外のセンシングに関する取り組みとして、中国などでは近年、新設された橋に数多くのセンサーが設置される事例が増えてきている。しかし、有意義なデータがほとんど得られないケースが少なくない。
その理由について、「インフラへのセンサーの設置が“ファッション”というか“お化粧”になっている例もあります。例えば、中国では橋を作る際に、予算内の(おそらく)5%ほどが、将来のための技術開発につなげるための投資として割り当てられています。その使い道として、今はセンシングの技術が進んできており、話題にのぼることも多いため、橋に数多くのセンサーを設置している状況が見受けられます」と藤野氏。
「数多くのセンサーを設置すれば、それに応じて多くのデータを収集できるのですが、建設してから間もない橋では、故障を予知させるようなシグナルなどは発生しません。そもそも、橋の管理者がデータ処理に精通しているわけではありません。収集したデータから、何かしら橋の状態を把握したという取り組みはほとんどなく、センサーなどのハイテク装置を付け、それで終わってしまっているケースが多いようです」と説明する。
日本は、これまで橋の点検が国土交通省によって促されていたものの、点検は義務ではなく、仮に点検を怠ったとしても罰則はなかった。しかし今年7月に法整備が進み、橋やトンネルなどの交通に影響を及ぼすインフラは、5年に1回の頻度で近接目視による点検を行うことが義務付けられた。この法整備が国内でのセンサーの普及を後押しする可能性がある。
藤野氏は、「近接目視でのインフラの点検が義務付けられましたが、今後、センサーを通じて点検を行う議論が出てくると思います。今までは義務ではなかったので点検が行われないことがあったかもしれませんが、義務化したため、今後は点検のための費用を確保しなければならなくなり、直接出向いて点検する費用よりもセンサーを利用した方がコストを抑えられるのであれば、センサーを使うケースが増えていくでしょう」と予想する。
欧州でもインフラ監視の法制度が整っている国は、センサーを活用した取り組みが進んでいる。ある国では、古い橋にセンサーを設置した際、センサーデータから異常が見受けられなければ、5年に1回の点検を10年に1回に延長できるという。国内でもこのようなルールが採用されれば、センサーの普及は一層進むことだろう。
センサーを利用する上での注意点として藤野氏は、「今は、MEMSなどのセンシングが少なからずブームになっていますが、インフラは建設してから50〜100年ほど長期間利用するものであり、センサーを設置したからといって、数年程度でインフラの運用や監視などが劇的に改善されるとは考えにくいです。そのため、短期的な効果ばかり追うのではなく、長い目で向き合ってほしいです」と語った。